Dr.伊藤のひとりごと
「手当て」とは。
(2003年12月14日)
今回は「手当て」についての話である。ぼくが医者になって始めて下についた第1外科のオーベン(ドイツ語で一番上の先輩先生という意味)のO先生が話してくれた。「お前ら、手当てという意味を知っているか。手当てとは患者さんを治療することではないぞ。手当てとは患者さんに手を当てることだ。患者さんが安心できるように大丈夫ですかとか、痛みますかとか、がんばってくださいとかの意味を込めて手を当てることだ。決して、医者たるものは治してあげるとかというおごりをもってはだめだ。このことは忘れるな」。この話は仕事が終わって、O先生がいつも食事に連れて行きお酒を飲みながらわれわれに話してくれた。その当時のオーベン先生はとても偉く、一日2回の回診と手術と外来診療をするだけであってそれ以外は、研究室で何かをしていた。何かといっても今考えると別に論文を書いているわけでも、実験や研究をしている訳でもなかった気がする。しかし、ぼくが知らないだけで、もしかして実際は陰ですごく良い仕事をしていたのかもしれない。O先生はもう一言ぼくに口癖に言った言葉がある。「俺の1回の回診はお前が患者さんに4回5回いったのと同じ価値を持つ。おれが2回いくとしたらお前は10回患者さんのそばに行かなければならない。世間話でもなんでもよいから、患者さんのそばにいって何か話をして来い。そして最後は患者さんの肩にでも手を当てるのだぞ」と。ぼくはこの話を、よく後輩に酒を飲みながら伝えた。くどいぐらい後輩に話をしたかもしれない。しかし、最近の若い先生はこのような話をすることが少なくなった。医学研究や論文などの難しい話が多く、医の道徳や、倫理を説教できる先生も少なくなった。大変残念なことである。O先生は数年前に脳卒中で倒れられたとのうわさを聞いたが、今はどうしていられることであろう。つづく。