Dr.伊藤のひとりごと
汗がぽったっと事件
(2006年04月17日)
初めて生後2ヶ月の肥厚性幽門狭窄症という赤ちゃんの手術の執刀を任せられたときの話である。肥厚性幽門狭窄症は生まれて1ヶ月未満の新生児から3ヶ月ぐらいの赤ちゃんが飲んだミルクを噴水状に嘔吐する小児外科では比較的多い病気である。男の子に多く、原因はまだわかっていないが胃の出口の筋肉が肥厚して胃の出口を塞ぐため、飲んだミルクが下部に通過しないで胃の中に溜まってしまうために嘔吐する。赤ちゃんは嘔吐した後すっきりし、またお腹がすいてくるのでミルクを欲しがり、飲んだら嘔吐繰り返す。自宅で様子を見てしまい状態が悪くなり脱水症状を呈して来院することもある。
小児外科医は鼠径ヘルニアの手術をマスターした後のステップアップ手術としてこの病気の手術執刀を任せられることが多い。どんな新米小児外科医でも始めてこの手術を執刀するように言われたときはやはり緊張するものである。手術前に何度も手術書を読み、手術の手順を頭に入れて手術の望むわけである。厚生中央病院に勤務して3ヵ月後にK.H先生から手術の執刀の許可が出て、ついにこの病気の手術を行うことになった。
症例は体重が約4kgの男の子の赤ちゃんであった。手術はRamstdt手術が標準術式である。K.H先生の指導の下で手術が始まった。メスで右の上腹部に約4cmの皮膚切開を入れておなかの中(腹腔という)に向かって切開を入れていった。腹膜を開けると開腹となり、ここまでは予定どおりにいった。問題はこの後であった。胃の出口である肥厚した幽門部を創外に出して粘膜外筋層切開をすることがこの手術の目的である。しかし、これがなかなか難しいのである。肥厚した幽門腫瘤をなかなか創外に引き出すことができず、新米医師のぼくはあせりまくり顔に大量の汗をかいてしまった。よくテレビでは「先生、汗をお拭きしましょうか」等と言ったシーンが出てくるが、不幸なことにその場所には新米医師の汗をふいてくれるやさしい看護婦さんはいなかった。
ついに顔から汗が手術用のシーツにぽたっと落ちて、それがはじけて術野に飛んでしまった。ぼくにとってまさにスローモーションのような汗の落ち方であった。「あっ、しまった。」と心の中でつぶやいたが、時はすでに遅し。すぐにKH先生の雷が落ちた。「馬鹿野郎、そんなに汗をかくなら、何で手術前に鉢巻をしないで手術に入るんだ。術者失格。術者はおれに交代。」この時点で、ぼくの術者としての初執刀ははかなく終った。
しかし、言い訳になるが、赤ちゃんの手術は低体温を防ぐためにサウナのような手術室で行われるため、大量の汗が出るのは仕方がないと思う。しかも鉢巻をしろといってもそのようなことを教えてくれる先生はいなかった。その後も赤ちゃんの手術を数多く行ったが、汗の出ない手術などほとんどなかった。これは、ぼくの「汗ぽた事件」であるが、新米医師時代の苦い思い出である。